札幌地方裁判所 平成3年(わ)160号 判決 1991年11月19日
本籍
高知県安芸市川北甲四二五番地
住居
札幌市南区真駒内上町二丁目三番九号
医師
中山禮助
昭和三年一一月六日生
主文
被告人を懲役一年六か月及び罰金一億円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二五万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
理由
(犯罪事実)
被告人は、札幌市厚別区厚別東二条六丁目四番一号において、「中山会新札幌パウロ病院」の名称で医業を営んでいたが、自己の所得税を免れようと企て、付添看護料収入等を除外するなどの不正な方法により、所得を秘匿した。そして、
第一 別紙1、2記載のとおり、昭和六一年分の実際総所得金額が六億二、八四五万九、九三〇円であり、これに対する所得税額が三億六、一七三万四、五〇〇円であるのに、昭和六二年三月一六日、札幌市豊平区月寒東一条五丁目三番四号所在の所轄札幌南税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が三億七、七五六万二、六三五円であり、これに対する所得税額が一億八、六一〇万五、九〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、正規の所得税額との差額一億七、五六二万八、六〇〇円を免れた。
第二 別紙3、4記載のとおり、昭和六二年分の実際総所得金額が八億一、六四七万八、八二九円であり、これに対する所得税額が四億〇、三二三万六、二〇〇円であるのに、昭和六三年三月一五日、前記札幌南税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が四億六、六五九万一、三〇〇円であり、これに対する所得税額が一億九、三三〇万三、四〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、正規の所得税額との差額二億〇、九九三万二、八〇〇円を免れた。
第三 別紙5、6記載のとおり、昭和六三年分の実際総所得金額が七億六、四八三万四、一七五円であり、これに対する所得税額が三億八、〇〇九万四、三〇〇円であるのに、平成元年三月一五日、前記札幌南税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が五億〇、七〇一万一、九五五円であり、これに対する所得税額が二億二、五五九万九、一〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、正規の所得税額との差額一億五、四四九万五、二〇〇円を免れた。
(証拠)
一 被告人の公判供述
一 被告人の検察官調書(乙一ないし四)
一 長谷川登(甲四一)、出蔵晶子(甲四二)、前田量平(甲四三)、吉沢千鶴子(甲四四)、佐藤敬子(甲四五)の検察官調書
一 収税官吏作成の調査書(甲一ないし四〇)
一 電話聴取書(甲四六)
一 確定申告書綴(平成三年押第八六号の1)
一 青色申告書綴(同押号の2)
(適用した法令)
罰条 判示第一ないし第三の行為につき、いずれも所得税法二三八条一項、二項
刑種の選択 いずれも懲役刑と罰金刑の併科
併科罪の処理 刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い第二の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項
労役場留置 刑法一八条
(量刑の事情)
一 本件は、「中山会新札幌パウロ病院」の名称で医業を営む被告人が、三事業年度にわたり、付添看護料収入を除外するなどの方法で所得を秘匿するなどして、その所得税のうち合計約五億四、〇〇〇万円を免れたという事案であるが、被告人の本件各犯行は、そのほ脱税額がこのように巨額であることの一事だけでも犯情悪質といわざるを得ない。
被告人が、所得から除外した付添看護料収入(これによる除外金額は、全除外金額の九〇パーセント以上にのぼっている。)についてみると、被告人は、「互助会パウロ」と称する組織を作り、老人保健法により各市町村から要介護老人に支払われる付添看護料について、「互助会パウロ」において、その請求及び受領等の事務を患者に代って行うとともに、介護人の募集及び介護人に対する賃金の支払も代行していたが、基準の介護人数を確保できなかったことから生じた付添看護料の余剰金を、それが被告人の所得となしうるような性質の金でないことを十分承知しながら、あえてそのまま自らの所得とした上、所得税確定申告に当たっては、これを全部収入から除外するという違法不当な行為に及んでいたもので、このような行為を長期間にわたりくり返していた被告人の態度は悪質というほかはない。
そして、本件犯行の動機のひとつとして、被告人は、重度の身体障害をかかえる長男のためにできるだけ多くの財産を残してやろうと考えたなどというが、だからといって、要介護老人に支給される付添看護料の余剰金を自分の所得とするなどというのは許されようはずはなく、また、高額な所得税を免れ、あるいは高額所得者として公表されることを免れたいなどというような点も私欲に発したもので、これらを特に酌むべき事情と見ることはできない。また、所得秘匿の態様も、右の付添看護料収入の除外のほか、差額ベッド料収入等の収入除外、架空経費の計上などにも及んでおり、脱税により得た資金は、株式の購入に当てるなどしていたもので、酌むべき点はないことなどの事情を考慮すると、犯情は悪質で、被告人の刑事責任は重いものといわざるを得ない。
二 一方、前記のように被告人は、「互助会パウロ」を通して不正に付添看護料収入を得ていたものであるが、右団体は、脱税の手段として組織されたものではなく、介護人の募集、確保、教育等を効率的に行い、医療の向上を図ることなどを目的として組織されたもので、現実にもそのような機能をも果していた。また、付添看護料の余剰分については、被告人において、介護人が現実に担当している患者数について真実に反する請求、受領行為を続けたことにより蓄積されていったものではあるが、この点については、介護人の不足に起因して生じたという面も窺われ、少なくとも、被告人において、介護人の人数を制限するなどして積極的に剰余を生じさせるための工作まで行ったものとは認められない。
また、本件各犯行のほ脱税額は巨額ではあるが、所得秘匿の方法自体はそれほど巧妙ではなく、犯行の発見防止策を積極的に講じた形跡もない。そして、本件における所得税のほ脱率も、四〇パーセントから五〇パーセント前後に止まり、この種事犯としては必ずしも高率とは認められない。
被告人は、本件各犯行が発見した後は、自らの行為を反省して、国税当局による査察に際しては事案の解明に積極的に協力するとともに、昭和五九年分以降について修正申告をし、借入金等により、加算税、延滞税を含め所得税、地方税等合計一一億五、八〇〇万円余り(うち本件分八億四、七八四万円余り)の追加納付を完了している。また、不当に取得した付添看護料についても、時効にかかる分を含め昭和六一年分から元利合計四億二、九一九万円余りを返戻している。
そして、被告人は、平成元年六月、国税当局の査察が入った時点で本件ほ脱のもとになった「互助会パウロ」を解散し、付添看護料給付金が被告人の手元に滞留しないようにするとともに、経理面での改善を図り、二度と過ちを犯さないことを誓い、公判廷においても自己の非を認めた本件犯行を深く反省している。
以上に加えて、被告人が長年老人医療につくし、社会に貢献してきたこと、被告人の家族の状況、被告人の年齢及び健康状態、前科前歴のないこと、被告人が実刑判決を受けることで多数の入院患者をかかえる病院の経営に少なからぬ支障が生じ、あるいは、被告人の医師としての能力を低下させるおそれもあることなど、被告人にとって有利なもしくは同情すべき諸事情が認められる。
三 しかしながら、前記のような本件犯行の重大性に鑑みると、被告人のために酌むべき右諸事情及び弁護人ら指摘のその余の事情を十分考慮しても、本件は、懲役刑の執行を猶予すべき事案とは認め難く、右被告人のために酌むべき諸事情は、懲役刑の刑期及び罰金額の点で考慮するのが相当であり、被告人に対しては、主文掲記の刑を科することとした。
(出席検察官高木俊則、同主任弁護人星野卓雄、同弁護人鍵尾丞治、求刑 懲役二年六月及び罰金一億五、〇〇〇万円)
(裁判長裁判官 中野久利 裁判官 吉村正 裁判官 伊東顕)
別紙1
修正損益計算書
<省略>
別紙2
税額計算書
<省略>
別紙3
修正損益計算書
<省略>
別紙4
税額計算書
<省略>
別紙5
修正損益計算書
<省略>
別紙6
税額計算書
<省略>